ぴーかん☀ノート

日々出合ったできごとで感じたことなどをつづります

養生について

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自身が十代後半の頃、自律神経失調症のような症状に悩まされた経験があったため、建康法についての情報などにかなり情熱を傾けたことがあります。
 
2年ほどで次第に体調は回復しましたが、そのきっかけとなったのは、体力がないのに体力を必要とするかなりハードなスポーツ(武道?)に集中したこと。つまり、荒療治ですね。
 
若い頃は無茶が効きますから、自分がその気になれば体のほうが後からついてくる、みたいな変な自信がありました。そして、その夢中に体を動かした時期も2年ほど。
 
それからは、もともとスポーツがすべて苦手だったこともあり、体を動かすことは「静的」な方向へ行くことになります。
 
年齢を重ねるとともに、最近とみに体が自分の思うように動かないことを感じるようになりました。
朝、ベッドで起きるときも、以前のように勢いでスパッと起きられることもなくなり、毎朝自分の腰と相談しながらソロリとベッドを抜け出すようになり、それがいつ頃から始まったのかもわからなくなりました。
 
どんな家電も十年も使えばガタが来ます。
人間の体も同じこと。少しずつ故障が起こってきて、部分的に手直しをするけれど、あるとき大きく崩れがやってくることになる。
 
自分の体をケアする、という言い方もあるけれど、
今日は、「養生」について、五木寛之氏の著書から感じたことを書いてみます。

 

“養生の実技”とは?

サブタイトルに、「つよいカラダでなく」とあります。
「養生の実技」とは、著者の体験と偏見による日常の、健康でいるための体のケア、のことなんですね。
 
 
著者は子供のころから病弱な体であったようです。
それでも若い頃は、病的な状態を回復しようといろいろな工夫をしたとのこと。
でも、今はそうはしない。
体が萎えた状態を受け入れることにした、ということなんですね。
 
体にかかっている負荷を取り払うことばかり考えるのではなく、のしかかってくる重圧を、しなって、萎えることで、体が切り抜けようとしているのだと考えたのです。
 
北国では、降り積もった雪の重さに太い枝はポキッと折れることがあるそう。でも、細くて弱い枝はしなって、曲がるので、ポキッと折れるようなことにはならないんですね。私たちの体や心もそうなのではないか、と著者は考えます。
 
曲がることのない枝は、どんなに強くとも折れる。毎年発表される3万人という自殺者の数は、折れた心の数だと五木氏は言います。体も同じこと。しなうこと、曲がること、屈することは、体にとって大事なことなんですね。生き延びるための技。
 
その技?のいくつかを書いてみます。
 
・冷たい水は飲まない。飲むときは口の中で噛んでから飲む。
 
・腰は曲げない。膝を曲げる。床のものを拾うときは、出す手と反対側の足を前に踏み出すか、同じ側の足を後ろに弾く。
 
・どうしても状態を曲げなければならないときは、腰を伸ばしたまま骨盤から曲げる。尻を後ろへ突き出すように。
 
・階段は脚で上がらずに、腰で上がる。上り下りともつま先はやや開く。
 
・中心は辺境に支えられる。心臓や脳を気遣うなら、手足の末端を大切に。指先、手のひら、足裏など。
 
・入浴は半身浴にする。体をあまり洗わないことが大事。
 
・線ぱてゃほどほどに。皮脂や歯垢にもそれなりの役目がある。
 
・食べ過ぎより、小食の方が良い。食事は二十代で腹十分。三十代で腹九分。四十代で腹八分。五十代で腹七分。六十代で腹六分。七十代で腹五分。八十代で腹四分。九十代からはカスミを食って生きればよい。

 

以下、全部で100項目続きます。
 
 

“うつ”も“不調”も生命の働き

人は、年とともに体の不調を訴えることが多くなるものです。
心と体は連動しているので、体の不調は心にも影響します。
 
若い頃の不調は、建康になるための取り組むべき課題のようなものでしたが(若い頃の私のように)、絶え間なくある不調は、闘うべき相手ではなく、共に生きる相棒のような存在になります。
 
全ての症状を敵の攻撃とみなしてはいけない、ということですね。
憎い敵と考えるのではなく、どうサポートして楽にしてやるかを考えること。
 
不調も病気も自分の一部、といったん受け入れるしかないのですね。
もちろん、痛みを軽減するためにできるだけのことをするのは当然ですが、
でも、自分でできることがなくなったときは、「天命」というものがあるのではないか、と著者は言います。
 
これはご自分の旅先での腰痛の経験から出てきた答えです。
 

最後に

著者が取材で訪れた旅先の宿で、腰痛に苦しんで床に就いた夜、天啓のように「天命」という言葉が閃いたとという事実が不思議で、でも腑に落ちたところでした。
 
この場合、取材をどれ一つとしてキャンセルするわけにはいかない、と自分にかけていたプレッシャーが腰痛として現れたとも考えられます。
 
なので、「他力」の著者でもある五木氏が「天命」と受け止めたことで、体も納得したのではないでしょうか。自分の主張を受け止めてもらえたことで。